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【初詣特集】神社・お寺にお参りに行こう!

興除神社(こうじょじんじゃ)

 旧・村社

【興除神社・拝殿】
【興除神社・拝殿】
伊勢神宮外宮・綿津見三神の神を祀る
当神社は、江戸時代に開墾された「興除新田」を守護するために天保3年(1832年)9月21日、藩主、池田公の意向により、京都の吉田神祗伯(当時の神道の総本山的位置にあった)から御神霊を分霊した。
【正面・参道】<br>境内は常に清掃が行き届いている
【正面・参道】
境内は常に清掃が行き届いている
【末社】<br>荒神社、海神社、八重垣神社
【末社】
荒神社、海神社、八重垣神社
【地神】<br>土地神を祀る
【地神】
土地神を祀る
【本殿】<br>主祭神・豊受大神(とようけのおおかみ)を祀る
【本殿】
主祭神・豊受大神(とようけのおおかみ)を祀る
【交通安全の神様】<br>大綿津見神(おおわたつみのかみ)を祀る
【交通安全の神様】
大綿津見神(おおわたつみのかみ)を祀る
【ご利益は五穀豊穣・商売繁盛・交通安全など】
当地は文政3年(1820年)、幕府の命により、文政4年から備前岡山藩が児島海面開発に着手し、文政6年(1823年)秋完に備前領興除新田として成立した。「興除」という地名は、『興除新田記』によると、文政5年(1822年)、藩の儒学者である小原梅坡の提案により管子の中の「興利除害」から名付けられたという。そして、天保3年(1832年)9月21日、藩主、池田公の意向により、京都の吉田神祗伯(当時の神道の総本山的位置にあった)から御神霊を分霊し、これを奉戴され、藩主池田家から年頭には飾松及葉付竹等を寄進され、社領として年々玄米3石を寄進された。現在の本殿は、明治11年の再建である。大正14年神饌幣帛料供進神社に指定された。
興除神社

【住所】〒701-0213  岡山県岡山市南区中畦26
【TEL】086-298-2465
【アクセス】
・JR瀬戸大橋線「備中箕島」駅より徒歩約18分
・駐車場完備
【御朱印】あり

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