地元暮らしをちょっぴり楽しくするようなオリジナル情報なら、岡山市東区・瀬戸内市の地域情報サイト「まいぷれ」!
文字サイズ文字を小さくする文字を大きくする

岡山市東区・瀬戸内市の地域情報サイト「まいぷれ」

【再投稿!】バドミントンで世界65か国を制覇した人生 Vol.7

西大寺グランドホテル

アジアオリンピック(第3回アジア大会東京)金メダリスト松王清志

第二章 関西大学へ進学~そしてアジアオリンピック

Part.4 アジアオリンピック(第3回アジア大会東京)選考会

episode 1 学生生活最後の3月にアジア大会参加選手の選考試合がありました。西日本から8人の選手が選ばれ、その中から2人が西日本代表選手として日本で初めてのアジア大会。しかもバドミントン種目は今回から参加とのこと。8人の総当たり戦。バド生活7年間で一番厳しい戦いでした。がむしゃらに夢にしがみつく好奇心で、自信、勇気、信じられない力が生まれてきた。常にポジティブに挑戦した。私に続いて西大寺高校、関西大学と一年後輩の小松康博君も選手に選ばれダブルハピーとなりました。アジア大会に参加して関大体育誌に綴った私の記事を読んでみます。

episode 2 第3回アジアオリンピックのバドミントン競技に、松王清志君(豊出身、西大寺高校)、小松康博君(中野出身、西大寺高校)が、日本代表選手6人の中へ2人も選ばれた。2人とも西大寺中学校から西大寺高校さらに関西大学へと進学している。昨年から今年の間、先輩と後輩のコンビよろしく、あらゆる大会を制覇し関西におけるNO1で、初の国際大会での活躍が期待される。日本のバドミントンの歴史は浅いが、競技水準は他国と比べて決して劣っていないと思う。日本代表として十分に活躍し、郷土の期待に応えたい。

episode 3 大学を出た5月にアジアオリンピックの選考会として総当たり戦がありました。西日本からは二人の枠が割り当てられていて、小松君と私の二人が残りました。関東には四人の枠が割り当てられていましたので、4人が選ばれました。アジアオリンピックは団体戦だけで個人戦はありませんでした。

Part.5 アジアオリンピック(第3回アジア大会東京)

episode 1 アジアオリンピック(第3回アジア大会東京)が東京オリンピックの二年前に開催されました。東京オリンピックのリハーサルでアジアオリンピックをやろうということになり、日本でアジアオリンピックをするのならバドミントンを種目に入れてくれということでバドミントンも種目に入りました。

episode 2 東南アジアの国々が全て来る予定だったのですが、当時はどこの国も外貨が無く、来日できない国が出たことがとても残念でし。それでも二年後の東京オリンピックのときには状況は少し良くなっていました。

episode 3 もしもの話ですが、東京オリンピックにバドミントンがあったら、ちょうど全盛期でしたからひょっとすると、ひょっとしていたかもしれなかったので、今振り返ってもとでも残念でなりません。

episode 4 当時バドミントンはマイナーゲームでした。私の金メダルは団体戦の優勝の金メダルです。決勝戦はシングルを6戦、ダブルスを3戦と試合数は多かったです。予選ではシングル4戦、ダブルス2戦とかいろいろありました。決勝戦はそういう組み合わせで、9試合で5勝すれば勝ちです。この大会ではシングル戦はありませんでした。

episode 5 その頃の日本は外貨も無い時代で、世界と試合をしたことがありませんでした。初めて外国人とする大会でもありました。アジアの中ではインドネシアとタイはバドミントンが国技だけあって非常に強い相手でした。決勝戦は台湾(当時は台湾のことは中国と呼んでいた。大陸にはまだバドミントンはまだ無い)でした。台湾の選手は華僑でした。インドネシアも華僑の選手がいて、タイも華僑でした。そのころ何故華僑は強いかのかを、華僑の選手はみな手首がしなやかでグリップが非常に強くて俊敏あったのでバドミントンは華僑に向いている。また華僑は目がいいのでバドミントンに向いていると言われていました。国立競技場は東京オリンピックの二年前に開催される、アジアオリンピックに間に合わせるように計画されていました。バドミントンは完成したばかりの代々木第一体育館が会場でした。監督、コーチと関東が4人と関西が2人です。

episode 6 試合後のインタビューが新聞に載っています。アジアオリンピック(第3回アジア大会東京)はいよいよ聖火の日を消す。最終日は郷土出身のバドミントンコンビ松王・小松両選手が出場し、目覚ましい活躍で観衆の拍手を浴びた。体育館には皇太子さまがお見えになられた。一般席まで満員の中で、決勝戦は台湾でした。ダブルス2勝、シングルス3勝の5勝0敗で日本チームの完勝でした。この日シングルス第一試合で小松選手は三十一歳の老練候選手に対して、右、左とコーナーを攻め、ネットプレーとスマッシュの変化で、小松(15-2、15-2)候と勝利した。続く第二試合はこの日の最終試合として会場を埋めた1,500人が注目するうちに高選手と対戦、これまた松王2(15-7,15-5)高、とストレートで勝った。試合が終わって両選手は手を取り合い喜びながら、「今日の小松君は調子がよかった」松王選手が小松選手を誉めれば、小松選手も「風邪を押して出場したのに先輩の試合は痛快だった」と称えていた。

episode 7 これがゴールドメタルで、当時は紐がありませんでした。メダルに紐が付けられたのは東京オリンピックからです。メダルの表はアポロンで、裏は大阪城です。このころのゴールドメダルには、ごまかしが無く、芯に銅があるものの金がたくさん巻いてあります。今はだんだん金が薄くなっていると聞きます。

Part.6 あの感激が今なお覚めやらぬ興奮の中に蘇る

episode 1 アジアオリンピック(第3回アジア大会東京)に参加しえた感激が、今尚覚めやらぬ興奮の中に、ようやく大任を果たして大阪に帰ることができる。高校大学の生活を通じ、悲しみと喜びの7年間でしたが、夢に見た金メダルをグッと握りしめて栄冠に通じる涙の道、険しかった今日までの坂道を顧み、正に感慨無量でした。

episode 2 オリンピックは勝つためにあるのではなく、参加するあめにあるという言葉は、開会式に於ける入場行進の一歩一歩により深く感じさせられました。頭上に覆いかぶさってくる80,000人の大観衆を前に、今更のごとく選ばれた重責を再認識し、参加の喜びは何時しか野望に燃え立ちました。

episode 3 しかしながら外国選手に比べ、日本のバドミントンの歴史は浅く、技術経験に幼い我々にとって、丸裸になって全力でぶつかるしかありませんでした。3,000人の観衆を入れた体育館の温度は38度に上昇していました。この中で皇太子殿下を迎えての一戦は実に緊張しきったものでした。全力を傾注して遂に優勝が決定し、センターポールに日の丸を仰ぎ、静かに聞く君が代のメロディー。萬感交々、胸に迫りくる情は到底筆舌に尽くすことはできません。更に閉会式に於いて、刻々時移りやがて聖火が消えて、一瞬真の闇、ややあって一斉に競技場にライトが輝いた時、外国選手が目に涙してベリーナイスを叫び、我々選手団に握手を求めて走り寄って来ました。スポーツが取り持つ国民外交というべきか、実にアジアは一つであるということを感じさせられました。
  • 営業中
    詳細
    • 日曜日 24時間
    • 月曜日 24時間
    • 火曜日 24時間
    • 水曜日 24時間
    • 木曜日 24時間
    • 金曜日 24時間
    • 土曜日 24時間

基本情報

名称西大寺グランドホテル
フリガナサイダイジグランドホテル
住所704-8116 岡山市東区西大寺中2-12-9
電話番号086-942-8000
ファックス番号086-942-7788
営業時間
日曜日
24時間
月曜日
24時間
火曜日
24時間
水曜日
24時間
木曜日
24時間
金曜日
24時間
土曜日
24時間
クレジットカードVISA/Master/JCB/American Express/Diners Club
電子マネー・その他楽天Edy/WAON/nanaco/交通系ICカード(*1)/交通系ICカード(*)/iD/QUICPay/VISA Touch/PayPay/LINE Pay/Alipay/d払い/au PAY/WeChat Pay
駐車場あり
30台
ホームページhttp://www.saidaiji-gh.co.jp/
関連ページアパトラベルサービス
じゃらんネット
予約ページ外部サイトに繋がります
問い合わせページ外部サイトに繋がります
西大寺グランドホテルのカレンダー

口コミ

このお店・施設に行ったことがありますか?あなたの体験や感想を投稿してみましょう。

まいぷれ[岡山市東区・瀬戸内市] 公式SNSアカウント